製造業におけるデジタルツインの種類:用途に応じた選び方と活用事例
はじめに
デジタルツインは、現実世界の物理的な対象やプロセスを仮想空間に再現し、様々な分析やシミュレーションを行う技術です。製造業においても、生産性向上、品質改善、コスト削減、リスク管理など、多岐にわたる目的でデジタルツインの導入が進められています。
しかしながら、「デジタルツイン」と一言で言っても、その対象や目的によっていくつかの種類が存在します。自社の課題解決や目標達成のためにどのようなデジタルツインが必要なのかを正しく理解することは、導入プロジェクトを成功させる上で非常に重要です。
この記事では、デジタルツインの主な種類について解説し、それぞれの製造業における具体的な用途や、目的に応じた選び方のポイントをご紹介します。
デジタルツインの主な種類
デジタルツインは、そのモデリング対象や目的に応じて、いくつかのレベルや種類に分類されることがあります。ここでは、代表的な分類として以下の4種類を取り上げ、製造業におけるそれぞれの役割と活用例を解説します。
- 製品デジタルツイン (Product Digital Twin)
- プロセスデジタルツイン (Process Digital Twin)
- ファシリティ(パフォーマンス)デジタルツイン (Facility/Performance Digital Twin)
- システム(サプライチェーン)デジタルツイン (System/Supply Chain Digital Twin)
1. 製品デジタルツイン (Product Digital Twin)
製品デジタルツインは、特定の製品の設計、製造、運用、保守、廃棄に至るまでのライフサイクル全体を仮想空間で再現するものです。物理的な製品から収集されるセンサーデータや稼働データと連携し、製品の現在の状態や将来の挙動を予測することを目的とします。
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製造業における役割:
- 製品の品質や性能の最適化
- 製品の遠隔監視、状態監視、予知保全
- 製品の稼働状況に基づいた改善点の発見
- 顧客への新たなサービス提供(例:使用量に応じた課金、遠隔診断)
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活用事例:
- 製造された個々の製品(例:自動車、産業機械、電子機器)の稼働データをリアルタイムで収集し、異常検知や故障予知を行う。
- 製品の運用データを分析し、設計段階では気づけなかった改善点や新たな機能追加のヒントを得る。
- フィールドで稼働している製品の状態を顧客と共有し、メンテナンス計画を最適化する。
2. プロセスデジタルツイン (Process Digital Twin)
プロセスデジタルツインは、製造プロセスやビジネスプロセスなど、一連の活動や手順を仮想空間でモデル化するものです。生産ライン全体の流れ、個々の装置の挙動、作業員の動き、物流などをシミュレーションし、プロセスの効率化や最適化を図ります。
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製造業における役割:
- 生産ラインのボトルネック特定と解消
- 生産計画の最適化、リードタイム短縮
- 製造条件の最適化による品質ばらつき低減
- 新規ライン立ち上げ前のシミュレーションと検証
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活用事例:
- 既存の生産ラインのデジタルツインを構築し、稼働データを用いてシミュレーションを行うことで、非効率な箇所や改善すべき工程を特定する。
- 異なる生産計画案をデジタルツイン上で比較検証し、最適な計画を立案する。
- 新製品の製造プロセスをデジタルツイン上で事前にシミュレーションし、必要な設備や人員配置、期待される生産量などを予測する。
3. ファシリティ(パフォーマンス)デジタルツイン (Facility/Performance Digital Twin)
ファシリティデジタルツインは、工場建屋、設備、インフラなどの物理的な施設全体や、その中で稼働する設備のパフォーマンスを仮想空間に再現するものです。建物の構造、設備の配置、エネルギー消費、温度・湿度などの環境情報などを連携させ、施設全体の運用効率向上や保守管理最適化を目指します。パフォーマンスデジタルツインと呼ばれることもあり、個々の設備の稼働状況や健全性を重視する視点を含みます。
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製造業における役割:
- 工場全体の稼働状況の可視化と監視
- 設備の予知保全、メンテナンス計画最適化
- エネルギー消費の最適化
- 作業員の動線分析や安全管理
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活用事例:
- 工場内の全ての主要設備の稼働データやエネルギー消費データを統合し、デジタルツイン上でリアルタイム監視・分析を行うことで、非効率な設備やメンテナンスが必要な設備を早期に発見する。
- 工場全体の温度や湿度などの環境情報を可視化し、製品品質や作業環境への影響を分析する。
- 設備の3Dモデルと稼働データを連携させ、仮想空間上で設備の劣化状況やメンテナンス時期を予測する。
4. システム(サプライチェーン)デジタルツイン (System/Supply Chain Digital Twin)
システムデジタルツインは、複数の工場、倉庫、物流網、さらにはサプライヤーや顧客までを含んだ、より大規模で複雑なシステム全体をモデル化するものです。サプライチェーン全体を対象とする場合は、サプライチェーンデジタルツインとも呼ばれます。システム全体の相互作用や複雑な関係性をシミュレーションし、全体最適化やリスク管理を図ります。
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製造業における役割:
- グローバルサプライチェーンの可視化と最適化
- 需要変動やリスク(例:災害、紛争)発生時の影響予測と対策立案
- 複数工場間の生産計画連携
- 在庫最適化
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活用事例:
- 原材料調達から製品配送までのサプライチェーン全体のデータを統合し、デジタルツイン上でシミュレーションを行うことで、ボトルネックや非効率な部分を特定し、全体最適な物流計画を策定する。
- 特定の地域で災害が発生した場合のサプライヤーへの影響や、自社工場への部品供給停止リスクをデジタルツイン上でシミュレーションし、代替調達先の確保などの対策を迅速に検討する。
- 複数の生産拠点と販売拠点を連携させ、需要予測に基づいた生産計画と在庫配置をデジタルツイン上で最適化する。
用途に応じた選び方のポイント
どの種類のデジタルツインを構築すべきかは、解決したいビジネス課題や達成したい目標によって異なります。以下の点を考慮して検討を進めることが推奨されます。
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何を「ツイン」したいのか(対象の特定):
- 特定の製品のパフォーマンスを追跡・改善したいのか?(→製品デジタルツイン)
- 生産ラインの効率や製造プロセスを最適化したいのか?(→プロセスデジタルツイン)
- 工場全体の設備稼働やエネルギーを管理したいのか?(→ファシリティデジタルツイン)
- 複数の拠点やサプライヤーを含むシステム全体の最適化やリスク管理を行いたいのか?(→システム/サプライチェーンデジタルツイン) まずは、最も重要な対象と解決したい課題を明確に定義します。
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どこまでの範囲を「ツイン」するのか(スコープの設定):
- 特定の製品モデル、あるいは全ての製品ラインナップ?
- 特定の生産ライン、あるいは工場全体の生産プロセス?
- 特定の工場建屋、あるいは複数工場の設備?
- 自社内システムのみ、あるいはサプライヤーや顧客を含む外部システム? スコープを明確にすることで、必要なデータの種類や量、連携すべきシステムが見えてきます。
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何を「シミュレーション・分析」したいのか(目的の明確化):
- 設備の故障時期予測?(→製品/ファシリティ)
- 生産計画の変更が納期に与える影響?(→プロセス/システム)
- 新規ライン導入時の生産能力予測?(→プロセス)
- サプライヤーの被災が生産に与える影響?(→システム) 具体的な目的を定義することで、デジタルツインに求められる機能や、収集すべきデータの種類が決まります。
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どのようなデータが取得可能か: 対象とするデジタルツインの種類によって、必要となるデータは異なります。IoTセンサーデータ、PLM(製品ライフサイクル管理)データ、MES(製造実行システム)データ、ERP(基幹業務システム)データ、SCM(サプライチェーン管理)データなど、どのようなデータソースがあり、それらが連携可能かを確認することも重要です。
これらの要素を総合的に考慮し、自社の現状と目的に最も合致する種類のデジタルツインからスモールスタートで導入を検討することが現実的なアプローチとなることが多いです。
製造業における具体的な活用事例(種類別)
事例1:製品デジタルツインによる建設機械の予知保全
ある建設機械メーカーでは、販売した機械に搭載したセンサーから稼働状況、負荷、温度、油圧などのデータをリアルタイムで収集しています。これらのデータを活用して製品デジタルツインを構築し、機械の各部品の劣化状況や故障リスクを予測しています。これにより、顧客に対して故障が発生する前にメンテナンスを推奨できるようになり、機械のダウンタイム削減や顧客満足度向上に貢献しています。さらに、収集したフィールドデータを設計部門にフィードバックし、次世代製品の開発に活かしています。
事例2:プロセスデジタルツインを用いた電子部品製造ラインの生産性向上
電子部品メーカーでは、複雑な製造ライン全体のデジタルツインを構築しました。各製造装置の稼働データ、スループット、バッファの状態などをデジタルツイン上で可視化し、リアルタイムで生産状況を監視しています。シミュレーション機能を活用して、特定の工程で発生するボトルネックや、段取り替え時間の最適化を分析しています。これにより、ライン全体の稼働率が向上し、生産能力が最大15%向上した事例があります。
事例3:ファシリティデジタルツインによる自動車工場の設備管理最適化
ある自動車工場では、建屋や主要生産設備(ロボット、プレス機、塗装ブースなど)のファシリティデジタルツインを導入しました。設備の稼働データ、エネルギー消費量、振動データなどを統合的に管理し、設備の状態監視と異常検知を行っています。特に、振動データから特定の設備における摩耗の進行を予測し、計画的な部品交換やメンテナンスを実施することで、突発的な設備停止を大幅に削減しました。また、工場全体のエネルギー消費パターンを分析し、省エネ対策にも役立てています。
事例4:システムデジタルツインによる食品メーカーのサプライチェーン最適化
食品メーカーでは、複数の生産工場、物流倉庫、販売チャネルを含むサプライチェーン全体のデジタルツインを構築しました。気象データに基づく農作物の収穫予測データ、小売店の販売データ、輸送状況データなどを連携させ、デジタルツイン上で需要と供給のバランスをシミュレーションしています。これにより、過剰在庫や品切れを防ぎ、全体最適な生産・物流計画を立案できるようになりました。また、特定の地域の異常気象や交通規制が発生した場合の影響を即座にシミュレーションし、代替ルートや生産計画調整などの対策を迅速に実行しています。
まとめ
デジタルツインは、単一の技術や製品ではなく、目的に応じて様々な種類が存在する概念です。製造業の皆様がデジタルツインの導入を検討される際には、まずは自社の解決したい具体的なビジネス課題を明確にし、その課題に対してどの種類のデジタルツインが最も効果的であるかを慎重に検討することが成功への第一歩となります。
製品、プロセス、ファシリティ、システムといったそれぞれのデジタルツインが持つ特徴と、製造業における具体的な活用事例を理解することは、自社のデジタルツイン導入ロードマップを策定する上で非常に役立つでしょう。技術的な詳細だけでなく、どのような価値を生み出すのか、どのようなデータが必要になるのかといったビジネス的な視点を持って検討を進めていただければ幸いです。